高級機械式時計に見る美しき技法
腕時計における究極の美しさとは、ムーブメントに施される美しき伝統技法にあると思います。
同じ真鍮の板から作られているのにメーカーごとにこんなにも違う作りになる。
それは各メーカーのこだわりと、職人技の違いにあります。
今日はムーブメントの仕上げを中心に美しき伝統技法を解説していきたいと思います。
コートドジュネーブ装飾技法
上の写真はグラスヒュッテオリジナル、パノリザーブのスケルトン画像です。
写真の上半分を見るとカミソリの様な縦線が規則的に斜めに並んでおります。
これがコートドジュネーブ技法と呼ばれるものですね。
湖に押し寄せるさざ波をイメージしたと言われる装飾でして、ムーブメントに仕上げを施す高級機械式時計のほとんどに採用されていると言われるほどメジャーな技法になります。
元々はアメリカの腕時計産業でさかんに用いられてたダマスキン装飾の一種だと言われております。
腕時計産業中心地ははイギリスにはじまり、スイスという王国が誕生それからは、スイスという国はアメリカのライン式生産方式、日本のセイコーによるクォーツムーブメントの侵略と、多くの挑戦を受けながら「相手の長所を吸収」しながら成長していきます。
そしてコートドジュネーブとは19世紀後半から普及したもので、アメリカの懐中時計ムーブメントによく見られた技法をスイス腕時計産業が逆輸入したものでございます。
呼び名も様々ありまして、写真のグラスヒュッテオリジナルは「グラスヒュッテストライプ」と呼ばれております。
メーカーごとにこのコートドジュネーブの仕上げの風合いも微妙に異なりまして、派手に光るメーカーもあれば、パテック・フィリップの様な雲上ブランドの腕時計は光沢よりも模様の美しさが際立ちます。
それではメーカーごとの違いを見るために画像を並べて見てみましょう。
まず1番左のセイコーから見てみましょう。
セイコーの中でも最も美しい仕上げが施されるクレドールのピンクゴールド無垢のムーブメントの写真です。
セイコーのコートドジュネーブ
左2つのムーブメントに比べて光沢が非常にある仕上げとなっております。
私的にはセイコーのコートドジュネーブは、
光沢★★★★★
模様★★
といったイメージです。グランドセイコーの裏スケでも光沢が非常にあります。おそらく光沢の光らせ方はセイコーは世界トップクラスで間違いありません。
面白いものでデザインや文字盤は堅実な印象のセイコーですが、このコートドジュネーブ仕上げに関しては非常に主張が強いです。
おそらく100万円以下で買える機械式時計の中ではダントツに目立つコートドジュネーブを入れているメーカーです。
人から見える表面は真面目なサラリーマンを装って、影ではド派手に遊ぶかのごとく表裏の激しい時計づくりをしているのが私のセイコーのコートドジュネーブに持つイメージです。
それだけ日本の金属研磨というのは高い技術水準にあるということです。
グラスヒュッテオリジナルのコートドジュネーブ
それではグラスヒュッテオリジナルのパノリザーブのコートドジュネーブですが、感じるのが先程例に挙げたセイコーと光沢の差ですね。
グラスヒュッテオリジナルのコートドジュネーブは、
光沢★
模様★★★★★
といったイメージでしょうか。
とにかくコートドジュネーブが生み出す先の力強さを感じます。
シャープでコントラストの強い線が印象に残るのではないでしょうか?
グラスヒュッテオリジナルは明らかに光沢よりも線の力強さを意識していることがわかりますね。おそらく華美なテンプ部分をさらに強調するような「縁の下の力持ち」の様なコートドジュネーブです。
3/4プレート部分の装飾を地味に抑えることにより周囲のパーツに目線がいきますね。ムーブメント全体を主役にするのではなく、ダブルスワンネック構造のテンプ部分に目線が集中するように敢えて主張を抑えております。
質実剛健を良しとするドイツ時計らしいコートドジュネーブですね。
次のページでもまだまだコートドジュネーブです。続いては世界ナンバーワンメーカーのコートドジュネーブでございます。
パテック・フィリップのコートドジュネーブ
先程までは光沢のセイコー、力強いグラスヒュッテのコートドジュネーブをご紹介しましたが、今度はパテック・フィリップのノーチラスプチコンプリケーションのコートドジュネーブをご紹介です。
ここで触れたいのはパテック・フィリップの仕上げのバランス感でございます。
先程までの星で評価するのであれば
光沢★★★★
模様★★★★
といったところでしょうか。
高級感を演出する絶妙な光沢の量、それでいながら光沢の脇にしっかりとシャープ欄なラインが形成されております。
パテック・フィリップのコートドジュネーブ最大の特徴は
「絶妙なバランス感」
なのです。
ご紹介した3本はどのコートドジュネーブが優れているという訳ではございません。
しかしたった1つの線の模様を見るだけでもここまで差が出る事をお伝えしたかったのでございます。
真に腕時計のムーブメントの審美眼を養うのであれば、仕上げの特徴をワインを飲むかの如く味わう事をオススメいたします。せっかく高いお金を払うのであれば自分の買う腕時計はどんなコートドジュネーブなのか?
各メーカーの職人さんの思いを感じながら選んでみるのも悪くは無さそうです。
ペルラージュ装飾技法
続いてはペルラージュ装飾技法です。
実はこの技法は手間暇がめちゃくちゃかかるのに見えない位置に施される事が多く、意識して見ないとわかりづらい装飾なのです。
ですがこの写真のオーデマピゲのミレネリー4101 15305STにおいてはペルラージュ装飾がかなりの部分露出しているので確認しやすいですね。
一体どの部分がペルラージュ装飾なのでしょうか?
赤い線で囲った円が連続して重なっている様な模様になっているのがペルラージュ装飾ですね。
地板と呼ばれるムーブメントの基礎となる一番下の部分に施される事が多いのでお持ちの時計に入っていても見えずにその存在を知られていなかったりする模様なのでございます。
円形のゴム砥石、わかりやすく言うと消しゴム付き鉛筆みたいなものを永遠と押し付けて手作業でつけていく模様なのですが、手作業でムーブメントの地板全体に押していくのでめちゃくちゃ時間がかかります。
しかしこのペルラージュ仕上げがあるのと無いのではムーブメント全体の印象が変わってきます。
俗に言う裏スケの機械式時計から感じる高級感を左右する部分だと私は思います。
試しにペルラージュ装飾の有無でどのくらい印象が変わるのか見てみましょう。
書いてある通り比べちゃいけませんね。
ムーブメントの露出部分にペルラージュ装飾があるか無いかでの高級感の有無は言うまでもありません。
腕時計の裏スケルトンを見て漠然と
「キレイだな」
と思うことがありますが、それはほんの少しだけしか見える機会の無い金属の部分にもペルラージュ装飾の様な手間暇かかる職人芸があるからなのです。
美しい。
とは4文字の言葉なのですが、その言葉を承る為に数時間にも及ぶ仕上げ作業が必要であり、積み重ねられたその技に人は感動するのであります。
影から支えるペルラージュ装飾。
お持ちの時計にもあるはずです。たまには覗いてあげてください(笑)
アングラージュ装飾技法
今度はパネライのルミノール1950に搭載されるP3000キャリバーを例に挙げてまいります。
一見今までのムーブメントに比べるとシンプルなパネライのP3000キャリバー。
一体どの部分がアングラージュ技法なのでしょうか?
実はアングラージュ技法というのは「面取り」のことなのでございます。
部品の角を研磨して丸く削り、鏡面仕上げを施す技法の事ですね。
シンプルなパネライの裏スケルトンに一本の美しき谷の様な隙間を作ることでシンプルながらメリハリのある表情を生み出しております。
私はパネライの自社ムーブメントの表情はすごく好きです。つまらないという人もいますが、パネライというメーカーは自分というものをよく知っております。
パネライに求められているのはタフで堅牢なムーブメントでございます。派手な装飾ではございません。
そもそも軍事用機器メーカーであるパネライと真のファン達には光り輝く装飾よりもムーブメントをガードするかの如く包み込んでいる大きな天井の板こそが美徳であります。
そしてその板を分かつ割れ目には美しくシャープなアングラージュ技法が光ります。質実剛健なパネライムーブが唯一見せる光沢部分こそがアングラージュ部分なのです。
アングラージュによる光沢がパネライムーブの控えめな裏スケをギュッと締めていますね。
ドアップにするとそのエッジのシャープさが際立ちます。
そして次のページではスイスの伝統技法を総動員した究極のムーブメント仕上げをご紹介します。
スイス時計業界の超絶美技
表スケルトンのロイヤルオークでそこまでは言い過ぎという方もいらっしゃるかもしれませんが、このロイヤルオーク15305STは他のロイヤルオークとは一線を画します。
ですのでよく見ると人間が施した痕跡が残っております。
マクロレンズで撮影した写真を見ながら究極のムーブメントを見ていきましょう。
拡大して撮影した写真ですが、よくみると不揃いな部分があることがお分かりになりますでしょうか?
SWISS MADE表記の上の辺りは分かりやすいですね。明らかに人間が手でくり抜いた痕跡があります。
今や腕時計業界のパーツの切り出しは99%が機械作業にて行われています。
ところがこのロイヤルオークは手作業で切り出しているのです。大まかに切り出されたパーツを人間が手作業で抜いていきます。
コレが本当の「手抜き」文字盤なのです。サボっているわけではありません。むしろその逆。
何十倍もの労力をかけて手作業でくり抜いているのです。
ここからはマクロレンズで撮影したスイス時計業界最高峰の技法をお楽しみください。
2つとして同じものが作り得ない手作業によるムーブメントでございます。
ロイヤルオーク15305ST、マクロ撮影ギャラリー
各所にアングラージュとペルラージュ装飾を施した美しいムーブメント。
受注を受けた後にオーデマピゲの職人さんが手作業で作るムーブメントでございます。
しかしながらもう注文、販売を終えてしまった名機でございます。
406万円と言われると高いと思われるかもしれませんが、本当に腕時計好きの方であればオーデマピゲの職人さんが持てる技量をいかんなく発揮してあなたのためだけに作ってくれるムーブメントの代金と考えれば欲しい人もたくさんいるはずです。
勿論中古ではプレミア値段で販売されますので定価以下で買うことはなかなか難しいと思われます。
スイス腕時計業界の超絶美技である両面スケルトンムーブメント、一見の価値はあるのでは無いかと思います。
いや〜、申し訳ない。
火がついてダラダラとまとまり無く書いてしまいました。
裏スケの写真を見て萌えている変態紳士の方々の為に美しい裏スケ写真満載の記事を書いてみました。
正直まだ私の裏スケ画像フォルダの1/3の画像も使っておりません。
ただこんなムーブメント装飾の記事を書きまくって本当に需要があるのか私も半信半疑で今回書いております。
反響があればまたこんな感じで書いてみようかと思います。
まぁお蔵入りの可能性大ですが(笑)
それでは今日はこの辺りで。失礼いたします。