オトコなら腕時計のウンチクのひとつぐらい…
オトコならBARで話す時計のウンチクの1つぐらいは持っておきたいものである。
静かなトークの隙間をアタリサワリなく繋ぐさりげないウンチク。
知識をひけらかす訳でもなく、それでいて教えて貰った側の人間にも一服の清涼感を与えるような爽やかなウンチク。
オトコにはそうした意味のない会話をして間を繋がなくてはならない瞬間が必ず訪れるはずである。
来たるべきその時の為に紳士達に時計好きでなくても思わず、
と思わせる事のできるウンチクを共有できれば私も嬉しく思うのであります。
時計の中身は5円玉である。

みんな知ってる5円玉
よく裏側がスケルトン構造になっている時計を覗き込むと銀色の金属が見えるのでムーブメントがステンレス製と思っている方も多いと思います。
実のところ機械式腕時計のほとんど全てが5円玉と同じ素材でできています。
そうなんです。腕時計のムーブメントの地板や天板(ムーブメントの大部分を占める板状のパーツ)は真鍮でできています。
え?なぜ銀色なのか?
それはニッケル、ロジウム、パラジウムなどでメッキを施して耐蝕性(錆びにくい、変質しにくい)を向上させているからですね。
そしてパラジウムなどはホワイトゴールドやプラチナに用いられる白色、銀色の金属ですのでその影響で黄色いはずの真鍮が銀色になっているのです。
その上からコートドジュネーブ仕上げと呼ばれる筋目模様やペルラージュ仕上げと呼ばれる鱗模様の仕上げを施しているので光り輝いて見え、あたかも中身までステンレスではないか?という誤解を生んでいたのです。
ただランゲ&ゾーネというメーカーはムーブメントの素材にジャーマンシルバー(洋銀)を使用していますし、F.Pジュルヌというメーカーはムーブメントに18金を使用しています。全てのメーカーが真鍮を使用しているわけではないのでご注意を。
ちなみにクォーツの腕時計でも安価なものはプラスチック製の板を使用した機械が多いことも事実です。
100%手作りの腕時計など現代にはほとんど存在しない。
よく高級機械式時計をお使いの方が、
「この時計は高いんだぞ!手作りなんだ!」という声を聞くことがあります。
手作りとは何を差すのでしょう?
もしそれが人間が溶鉱炉で原料を溶かして、パーツを形作り、ケースの金型に金属を流し込んで作っているというニュアンスであれば、おそらく手作りをしている時計メーカーなどありません。
高級機械式時計では最終的に人間が完成したパーツを組み上げるだけです。
自動車や他の産業と同じく腕時計業界にもCAD(Computer aided design キャド)が導入されておりコンピューター上で時計の設計図を作りそのデータを基にコンピューターが各パーツを製造しております。そして簡易な仕上げであればコンピューターがそのまま行ってしまいます。
人間がしているのは最終的なパーツの組み上げになります。
もちろんパテックやオーデマピゲといった超高級メーカーともなれば人間の手による仕上げ作業を行っておりますが、500万円以下の腕時計で言えばパーツの切り抜きから整形までは機械が行っております。
これは各メーカーの腕時計のメイキング映像を見ても隠すことなく明らかにされている事実です。
したがって原材料の配合からパーツの成形まで人の手で行われている腕時計メーカーなど世界中を見回してもほぼ存在していません。
ただ例外も存在しておりまして、スイスにはアカデミーAHCI(独立時計師協会)と呼ばれるどのメーカーにも所属せずに独立して腕時計を制作している人たちもいます。
この方たちは昔ながらの伝統的な腕時計作りをしている方が多く、特に手作りで有名なのがフィリップ・デュフォーさんです。
このシンプリシティにおいてはパーツの型抜きから歯車の製造に至るまで全てが手作業で行われています。
フィリップ・デュフォーさんが屋根裏の作業部屋でこの腕時計を完成させるドキュメンタリーが放映されたのですがそれはもう感動的でした。
特に木の枝を用いてパーツを滑らかに磨くシーンは印象的で、明らかに現代の時計の磨きを超える究極に美しい鏡面を生み出していました。
ただこの人をしてもパテック・フィリップから品質管理を学んだとインタビューで答えていたのを見て、パテック・フィリップというメーカーは本当にスイス時計業界において偉大な存在であるのだと自覚させられました。
ともかくこういった特殊な例外を除いて手作りの腕時計などほとんど存在しないということです。あくまで手作業で組み上げと仕上げを行っているという事でございます。
スイスは元々時計を作っていた国では無い。

腕時計大国スイス。でも元々は腕時計など…
今では腕時計生産No1の揺るがない地位にあるスイスですが、腕時計産業発祥の地という訳ではございません。
実は山岳に囲まれた一見不便にも見える土地を領土に持つスイスですが、大昔からイタリア、フランス、ドイツに囲まれたヨーロッパの交通の要所でありました。
ではなぜスイスは時計大国になることが出来たのか?を次のページで見ていきます。
さて山岳に囲まれてはいましたが、地理的にヨーロッパの交通の要所となっていたスイス。
実はスイスの腕時計産業発展にはキリスト教徒の動きが大きく関係しています。
宗教中心の記事では無いのでざっくり書きますが、
16世紀から17世紀にはフランス、ドイツなどヨーロッパ各国でキリスト教信者同士での宗教戦争が勃発します。
カトリックとプロテスタントなどのキーワードは皆さんも聞いたことがありますよね?
簡単に言うとキリストの代弁者としてローマ教皇を頂点とするカトリックと聖書を基にした純粋なキリスト信仰を掲げるのがプロテスタントでございます。
この両者の争いは政治的な利害も絡んだことにより複雑化&深刻化して長期間に渡り国内で血で血を洗う戦争が起きます。
その為腕時計産業の盛んであったフランスとドイツの治安はどんどん悪化していきます。
そして腕のいい腕時計職人たちも迫害を逃れて他国に逃げ込んでいく訳です。そこで目的地になったのが、政教分離の先駆けとも言われる寛容な国スイスだった訳です。
そして当然ながら時計職人の流出していったフランス、ドイツの時計産業は衰退していきます。
こうして交通の要所であり宗教に寛容な国スイスとイギリスに時計生産の中心地が移って行く訳でございます。
でもイギリスって時計の生産大国ってイメージありませんよね?
実はスイスとイギリスはお互い違う道を歩みます。
なぜスイスは時計大国となり、なぜイギリスの時計産業は衰退してしまったのか?
それはイギリスとスイスの時計産業形態の違いが関係していました。

スイス製。
当初はスイスもイギリスも時計製造はギルド制度という閉鎖的な形態をとっていました。
ギルド制度とはわかりやすく言うと、「門外不出の秘伝のタレを100年間継ぎ足して使っている」というような名門の料理屋さんのような形態です。
限られた身内のみでレシピを共有し、代々決められた人にそのノウハウを受け継いでいく閉鎖的な商業形態でございます。
しかしスイスの時計業界はこのギルド制度をいちはやく解散して、「分業化」という生産方式に変えていきます。
例えば文字盤作りが昔から得意な工房は「文字盤屋」になり、機械を作るのが得意な工房は「機械屋」になったのです。それぞれが得意な部門に特化した集団となり最終的にそれらのパーツを組み合わせて1つの時計を作ることにしたのです。
各集団が一つの分野で特化することにより高い技術水準の品質を実現、専門に生産を請け負う事で効率的な数量生産を行う事が出来ました。
これが現代のETAに繋がるわけです。
※ETA=ムーブメント専門製造会社
と言うわけでスイスは元々地理的にヨーロッパ交通の要所であったこと。
宗教戦争により時計職人とノウハウが各国から集まったこと。
元々持っていた寛容な新しいものを受け入れる気質により分業化が起こり近代的な工業システムが出来たこと。
この3つの要素が時計後発国ながら世界に名を知られる時計大国にスイスがなった訳です。
最後に

ガリレオ・ガリレイ
最後に時計の理論を紐解いていくと意外な人物に行き当たります。
ガリレオガリレイ
イタリアの物理学者 1564~1642
地動説を唱えたことで有名な天才的物理学者ですね。日本ではドラマのタイトルなんかでも有名ですね。
そしてこのガリレオガリレイが発見したのが「振り子の等時性」です。
振り子は降り幅に関わらず往復するのにかかる時間は同じ、という理論です。
これが現代の機械式時計の心臓部であるテンプの基礎理論なのです。
ガリレオガリレイの物理理論も身近な腕時計に採用されているのです。ガリレオガリレイなんて無関係と思っているあなたの左手にもガリレオの理論が実践されているのだから驚きです。
それでは長くなってしまったので今日はここ辺りで。失礼致します。