パテック・フィリップとオーデマピゲ

Patek Philippe

Audemars Piguet
腕時計業界のナンバー1、2といえば誰に聞いても、パテック・フィリップとオーデマピゲの名前が挙がるでしょう。
よく時計談義をしているとこんな事を聞かれます。
「なぜパテック・フィリップが1位でオーデマピゲが2位なの?」
私はこの話を聞くといつも身近な飲み物に置き換えて話をします。
炭酸飲料の世界ナンバーワンはコカ・コーラであります。これは知名度的にも売上的にも文句がつかないでしょう。
そして意外な事に炭酸飲料世界第二位がレッドブルですね。
炭酸飲料飲まない方にはあまり馴染みが無いかもしれませんが、1缶200円以上の
「プレミアム炭酸飲料」においてレッドブル社は絶大な強さを誇っています。
売上本数で言えば1位と2位なのですが、単純にコカ・コーラとレッドブルを比べてもその「味」に優劣をつけることはできません。
人によって好みは違いますし、
「伝統的なコーラを守り続け、世界中で愛される味を保つコカ・コーラ社」
と
「炭酸飲料の新しい常識を作り続け熱狂的なファンを持つレッドブル社」
このどちらの会社の味がナンバーワンなのかは人によって違うということです。
そしてこの構図こそが腕時計でいう
「パテック・フィリップとオーデマピゲ」の構図に似ているのです。
パテックとオーデマの強み
パテック・フィリップが世界一と言われる所以は何か?
パテック・フィリップの強み
スイス腕時計業界の伝説であるフィリップ・デュフォー氏もおっしゃっていることですが、パテック・フィリップが他の会社の追随を許さないもの。
それは「品質管理」に他なりません。
他社の様に声高に謳わないですが、「1200時間」の検査を製品完成後に行うのがパテックフィリップです。
パテック・フィリップが「1200時間検査」
ジャガールクルトが「1000時間検査」
グランドセイコーが「408時間検査」
クロノメーター検定が「360時間検査」
機械式腕時計メーカーとしては最も厳しい検査体制がひかれているのがパテック・フィリップです。
腕時計とは腕時計自体のデザインと同時に正確な時を知らせる「信用」を売る商売であります。
たった一度でも初期不良を経験しただけで人は
「あのメーカーはダメだよ、めちゃくちゃ壊れる」と声高に語ります。
ですからそのたった一度の初期不良を未然に防ぐ事にパテック・フィリップは注力している訳です。
良い評判より悪い評判が伝わるスピードが早いのが世の常です。ニュースを見ていればわかりますね。そして人は事実よりもさらに大きく事を話すものです。
実際に起きたことが2倍くらいのひどい事例として世の中を駆け巡るのです。
ですのでその確率を極限まで下げる為に厳しい検査体制をパテック・フィリップはひいている訳です。
そして検査時間だけでは客観的にはわかりにくいと思いますので、パテック・フィリップの品質管理の高さを物語る具体例をもう一つ挙げたいと思います。
パテック・フィリップの素材へのこだわり
パテック・フィリップの品質管理への厳しさはムーブメントだけではなく外装にも現れています。
わかりやすい客観的な基準が設けられているのが「ダイヤモンド」でございます。
パテック・フィリップの腕時計に使われているダイヤモンド。
これがまた常軌を逸している訳でございます。ダイヤモンドメーカーすら上回るその基準がコチラ。
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パテック・フィリップダイヤモンド選定基準
カラーグレード D,E,F,Gのみ ←無色のダイヤモンドばかり、特にD,E,Fは文句ナシ
クラリティ IFのみ ←コレが本当に無い、分かる人は驚きの基準
カット EX以上 ←ダイヤも良けりゃ加工技術も1級品のみの扱い最高ランク
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まずこの基準を見て、多少でもダイヤモンドへの知識がある方でしたら、
「そんなダイヤモンド何個も揃えられるの?」
と思ってしまうぐらい常軌を逸して厳しい基準です。
わかりやすく言うのであれば、東京の大きな百貨店のジュエリー売り場にパテック・フィリップの腕時計に付けるダイヤモンドが売っているかどうか怪しいレベルです。
1個、2個あってもダメなのです。それがまとまった数無いと腕時計には使えませんので。
特に上記の基準でも クラリティIFが厳しいです。本当に高いジュエリーメーカーでなければ扱えないレベルのダイヤモンドです。
真実を語るとおそらくパテック・フィリップの使っているダイヤモンドの質より高いダイヤモンドを入れているジュエリーメーカーの腕時計ってどのくらいあるでしょうか…
正直パテック・フィリップより2〜3ランク下のダイヤモンドを使用しているメーカーがほとんどだと思います。
内装から外装に至るまでパテック・フィリップの強みを書いてみましたが、妥協が無さすぎて買う側のこちらが申し訳なくなるレベルですね。
品質管理の鬼、それがパテック・フィリップなのです。
次のページではオーデマピゲの強みについて書いていきます。
全く違う方向に強みを持つ2大メーカーに迫っていきます。
オーデマピゲの強み
パテック・フィリップが品質管理の鬼であるならば、
オーデマピゲの強みとは何なのでしょうか?
オーデマピゲの強み、それは「開発の鬼」ともいえる飽くなき技術への挑戦の姿勢にあります。
特に新しい腕時計の文化を作る、そして時計業界のトレンドを作ってきたのは間違いなくオーデマピゲの開発力によるものである。
ロイヤルオークオフショア フォージドカーボン 26400AU
オーデマピゲの工房で作られる鍛造カーボン、いわゆる圧力をかけてプレスして作られるカーボンであります。
ステンレスよりも軽いのに強度がある。
しかし本来は腕時計に使用する様な素材ではありません。
本来炭素繊維とは航空機の翼など超負荷のかかるパーツに使われる工業用の金属繊維なのであります。
有名なのがレクサスの誇るスーパーカーである「LFA」のフレームに炭素繊維が使用されている事でしょうか。
このレクサスのLFAですが中古相場が5000万円からとなっております。
もちろんこの価格には炭素繊維のフレームも関係している訳です。
まさに怪物スーパーカーです。
こういった他業界のトレンドにも敏感なのがオーデマピゲの凄いところですね。
炭素繊維が工業用素材としての脚光を浴び始めると即座に腕時計に流用。
そしてこの腕時計貴金属でも無いのにまさかの定価3,942,000円なのです。
普通の会社ならこんな製品売れると思いませんからチャレンジなどしないと思います。
ピンクゴールドのオフショアクロノグラフが4,374,000円です。もはや炭素の塊なのに金の腕時計と張り合える値段になってきてます。
普通に考えたら金無垢の腕時計並みに値段の張る腕時計を誰が買うのか?
と考えるのですが、このロイヤルオークオフショア フォージドカーボンはバカ売れしたのです。
この商品のヒットさせるセンス、オーデマピゲ独特のモノなんですよね。
そしてオーデマピゲに追随するように各社カーボンの腕時計の開発を開始、どんどん発売していきました。
他のキュレーターさんもカーボンの腕時計の記事を書かれてましたのでご紹介させて頂きます。
この様にどのメーカーもチャレンジしないことにいち早く取り組み腕時計業界のトレンドを作っていく能力はオーデマピゲが突出している様に思えます。
外装部品の完成度の高さ
そしてもう一つオーデマピゲの強みと言えば腕時計の外装部品の完成度ですね。
わかりやすい部分で言えば腕時計を着ける際に直接肌に触れるブレスレット部分についてです。
ロイヤルオークとノーチラスを比較したときにブレスレットという部分について語るなら明らかにロイヤルオークの圧勝である。
鏡面部分とサテン仕上げの2種類の仕上げにより絶妙なコントラストを生み出すステンレスウォッチのブレスレット。
まずノーチラスは1コマを2つのパーツで形成しており、作業工程としては、
「鏡面仕上げ1回、サテン仕上げ1回、両サイドのエッジ鏡面2回」
対してロイヤルオークのブレスレットの作業工程ですが、
1コマを3パーツで形成しており、作業工程としては
「鏡面仕上げ4工程、サテン仕上げ1工程
、サイド鏡面4工程」
現代の腕時計産業において腕時計のブレスレットの基礎成形は機械が行っておりますので、仕上げの良さこそが私はブレスレットの完成度の1つの物差しになるのではないかと考えております。
仕上げの1コマあたりの工程数で比較してみると
ロイヤルオーク9工程≫ノーチラス4工程
となっておりまして、細かい作業の差はあるでしょうがロイヤルオークのブレスレットの方がコストのかかる作りとなっております。
それからユーザーには伝わりにくい情報ではありますが、ロイヤルオークのブレスレットのネジは破損防止のために芯棒と先端のネジが分割された構造になっているのです。
ステンレスノーチラスのコマ調整は1本のステンレスの棒をハンマーで叩いて挿入します。
対してロイヤルオークステンレスモデルのコマは芯棒を通した後にその上から蓋をするようにネジパーツをかぶせるようにドライバーで回していきます。
このあたりもブレスレットの完成度においてノーチラスが決してロイヤルオークを上回れない影の真実だったりしますね。
腕時計のブレスレットは故障も非常に多い外装部品となります。芯棒折れのリスクヘッジの観点からも、耐久度も今はオーデマピゲに軍配が上がると言い切れるでしょう。
今回はかなり長い記事になりましたが、次のページで2大企業が共存している理由について書いていきたいと思います。
ベクトルの異なる2大企業
パテック・フィリップの強みは購入者を納得させる脅威の「品質管理」「素材へのこだわり」でした。
そしてオーデマピゲ の強みは新しい腕時計トレンドを生む脅威の「開発力」「完成度の高い外装部品」でございます。
特にパテックは「品質管理」、オーデマは「開発力」といった色合いが強いと思います。
そして実はこのお互いの特徴はお互い弱点でもあるのです。

パテックの挑戦
2015年バーゼルにて異色の挑戦をしたパテック・フィリップ。
42mmの大型パイロットウォッチを発売しました。既存の形をモデルチェンジしていく事がほとんどのパテック・フィリップの久しぶりの完全新作でしたが、正直私の友人でも欲しいという人はいません。
パテックの新作ですからそれだけでそこそこ売れると思いますが、ハッキリ言って残念なデザインです。
やはり開発力はオーデマピゲなんでしょうね。
どの新作もしっかり二塁打以上に持ってくるのはオーデマピゲです。
近年販売しているロイヤルオークオフショアダイバーのビビットカラーモデル。実は若いオーデマピゲユーザーに大当たりしているのです。
これってすごく大事な事で、人間はいつか死んでしまう生き物です。だから新しいユーザーに訴える力って今腕時計メーカーにとって物凄く大事な事なのです。
次世代のユーザーに支持されるメーカーは生き残っていきますからね。
やっぱりこういう若年層向けの商品の開発はオーデマに軍配が上がりますね。
まぁパテックにこういう派手な色の腕時計は作って欲しくないっていうユーザーは多いと思いますが(笑)
でもパテック・フィリップは頼まれなくてもビビットカラーの腕時計をポンポン作ったりはしないので大丈夫だと思います。
パテック・フィリップはスイスの伝統的な腕時計を今の世に伝えるメーカーです。
変わらない事も美学なのです。
だから安心してパテック・フィリップを買い続ける事ができるユーザーが多いのです。
「変えるオーデマ、変わらないパテック」
実は腕時計業界に必要なエッセンスをお互いに出し合う2大メーカー。
まるで肉食動物と草食動物の様に腕時計業界というサバンナにおいて絶妙に共生しているのです。
ここで最初の話に戻りますが、
「コカ・コーラとレッドブルは売上で比べることは出来ても、味に優劣はつけられない」
何故なら人には好みがあり、考え方の違いがあるからです。
私がずっーとパテック・フィリップとオーデマピゲを2大メーカーと呼んでいるのは、パテックには伝統を守り続け、完璧な品質の腕時計を世に届ける使命があり、
オーデマピゲには新しいユーザーを開拓して、腕時計業界のトレンドを牽引する使命があるからです。
そして個人的にはどちらもスイス時計業界ナンバーワン企業だと考えています。
特にここ2年ぐらいでその考え方は強まりました。
この2社はお互いにライバル企業でありながら、
「お互いに無い部分を持ち合わせています。」
だだパテック・フィリップに関しては過去の腕時計がオークションで高額で落札されていたり、生涯永久修理をうたっている点、腕時計業界でのブランド戦略においてオーデマピゲを上回っているという事実から世界ナンバーワン腕時計メーカーという立ち位置にいます。
しかし今世界中で誕生している若年富裕層に腕時計の裾野を広げているのは間違いなく
オーデマピゲだと思います。
今もしどちらかの企業が無くなってしまったとしたら、お互いにとってマイナスになってしまうと思うのです。
スイス腕時計業界の頂点の風景とはお互い口には出さない「無言の共存」である様に私は考えています。
企業の信念を守るためにパテック・フィリップが出来ない事をオーデマピゲが担当する、そしてスイス業界の伝統を伝えるパテック・フィリップがオーデマピゲの挑戦を受け続ける。
この無言の共存こそがスイス腕時計業界の頂点の風景であると思います。
スイス腕時計業界においてパテック・フィリップとオーデマピゲが2大メーカーである理由はそれぞれの会社に腕時計業界においての役割が有り、伝統と革新それぞれを愛する腕時計顧客が存在しており、互いがなくてはならない存在であるからだと思います。
文章に起こすとうまく書けないですが、スイス腕時計業界のナンバーワンは購入するあなたが決めることであり、どちらかが確実に優れていると言い切れる価値観の時代では無くなってきていると思います。
なんだかんだ書きすぎましたがとにかく私は腕時計が好きです。少しでもこういった記事で興味を持ってくれる人がいれば嬉しいな、と考えています。
それでは今回はこの辺りで。失礼いたします。